ユルクネ。

*20代で渡米。30代になってから妊活、不妊治療。二児の母となり、アメリカで育児(自)中です。*

子育てにおける自分の軸をもつこと

自分の軸があるというのは、どういう価値観を持っていて、自分には何が大切かわかっているということ。それらが明確であればあるほど、異なる価値観をもつ人たちが同じ子育てという土俵の上でやっていることに惑わされることが減り、悩むことはなくなっていくんじゃないかなと。かく言う私は悩みまくりでした。自分の軸ができていなかったから、隣の芝生が青く見えるというか、他の親たちがしていることを自分もした方がいいんじゃないか、自分の子どもだけ、わが家だけ取り残されているんじゃないか、と言う焦燥感を感じていました(これにぴったりのFOMOと言う英単語も学びました。Fear of Missing out!)。

たとえば、アメリカの公立校にはGifted classなる選抜クラスがあって、3年生でテストを受け、そこで成績優秀だった子はこの選抜クラスに入れられます。この選抜クラスに入るほどではなくとも、3年生でクラス分けテストののち、4年生からは上級クラスと普通クラスに分かれるのが普通。上のクラスに入れるよう、家庭学習を進めていく……とかいう世界が存在することを知らず、学校から「宿題」として課されること以外、何もしていなかったわが家。アメリカの公立小学校で課される「宿題」なんて、ほんとミニマルなので、学校でチンタラアルファベットをやっている間に家でどんどん先取り学習を進めていく、ものらしい。キンダーのクラスメートが2+1を図にして考えている間に既に九九をマスターし(アメリカの小学校でかけ算が出てくるのは3年生!)、他の子がsight wordsでheだの youだの学んでいるうちに、もうすでに独立して本が読める読解力をつけている。MAPテストと言われる学力テストでは常に90%以上の数値を叩き出す。これもテストでそういう点をとるための攻略法みたいなのがあるので、家でバンバン練習。このシステムとか、さまざまな種類のテストとか、そのテスト攻略法とか、一切知らなかった。もちろん、対策は何もしていない。なので、それらを知っていて、そのうえ対策として子どもが小学校に入る5歳前後には既に動き出しているお母さんたちを見て、仰天したものです。そして、「え、そう言うものなの?」と焦りつつ、一時期、中途半端に乗っかってしまった。

でもね、自分、子どものことに必死になり、まるで子どもの成績が自分の作り出した成果みたいに一喜一憂するママ(イメージね)がほんとーに嫌なのですよ。そう言う人が実際に周りにいると言うより、自分の中のイメージの教育ママ像になるのが嫌。大らかで小さなことは気にしない、むしろややガサツなお母さんになりたい。どちらかというと神経質で細かいことが気になってしまう自分の性質もわかっていたので、その逆のものに憧れていたのでしょう。そのぐらいテキトーな方が子どもはたくましく育つんじゃないかと。

それなのに。なんだかここにきて、やたらと子どもの勉強の出来具合とかテストの点とか気にしてる自分がいるわけですよ。え、なんかこれ嫌なんだけど、でもなんかこれ普通っぽいし、とモヤモヤしているのにしばらくその世界に。ところが、うちの子どもたちはママに強制されてお勉強するのが好きではなかった。母親に言われるがままに、自分を殺してお勉強してくれてしまう子どもでなかったのは幸いでした。お勉強をさせようとしても、激しく抵抗されるので、「私、ここまでバトルして、これやりたかったんだっけ?」と言う疑問を常に抱えることに。しばらくして、「あ、これ私が住みたい世界じゃなかったわ!」と我に返ることができました。

私が子どもたちにしてほしい、してあげたいと思うことは、楽しい子ども時代を過ごすこと。ティーンになるまでは、家族での時間を存分に楽しみたい。やらなくちゃいけないことももちろんあるけど、最低限きちんとこなし、あとは好きに外を駆け回っていたらいい。小学生になり、元気がありあまっているので、何か体を使うことで夢中になれるものがあるといいかな。そして、身につけてほしいのは基礎生活力。小学生のうちに、一人で生活していく上で必要になるスキルをある程度つけてほしい。

うちの子どもたちは今、サッカーに夢中で、明けても暮れてもサッカー三昧。暗くてボールが見えなくなるまで庭でサッカーしているし、中にいてもプロの試合を見たり動画を見たり。なので、二人ともトラベルチームに入ることに。費用がかなりかかるし、練習も試合も二人別スケジュールなので車二台は必須、親は送り迎えに勤しまなければならない。でも、これはサポートしてあげたいと思うことなので、ナチュラルにできる。なんなら、親も一緒に庭でサッカーし、ボールを蹴り、試合では我が事のように本気になって応援。自分の価値観にしっかり合致した活動にはお金・時間・エネルギーというリソースをふんだんに投入することができる。違和感とか一切なく、迷わない。ああ、これなんだなと。

幸いにして、子どもの好むことと親もサポートしたい活動が合致したので、それに没入できていますが、迷いが完全になくなったわけではない。他の家庭の様々な話を聞くと、相変わらずのFOMOに襲われたりすることもあるし、揺らぐこともある。でもそこで、自分の軸と照らし合わせて調節していけばいいと思っています。その軸だって、少しずつ動いたり、形を変えているのかもしれない。色々な情報を取り込むアンテナだけは立てておきつつ、自分の軸に合ったものを意識的に取捨選択していきたいと思います。