ユルクネ。

*20代で渡米。30代になってから妊活、不妊治療。二児の母となり、アメリカで育児(自)中です。*

スタバのラテが象徴するもの

スターバックスのラテを買い続けていた時期がありました。朝、オフィスの手前にあるスタバに行って、ラテとかチャイとか買って、そこでちょこっと仕事をしたり手帳を広げたりしてから出勤する。。。なんかオシャレな感じがするではないですか。そう、若かりし頃そういうのに憧れていたのでした。しかし、学生の頃のわずかなバイト代は社交費用と服買って、靴買って、で消えていたし、院に入って留学費用を貯めるようになってからはもう極貧生活。当時はスタバのドリンクは500円近くだったけれど、とても買えませんでした。

時は流れ、30代の自分。大して稼いでいたわけではないですが、日々の生活には困らない安定した収入はある。まだ子どももいなくて家計には余裕があった。服やら靴やら多少買ってもそれですっからかんになることはない。食料品の買い出しに行っても、必要なものを買うだけでなく、「あ、これおいしそう♪」とか「これ買ってみよう」とか必要ではないものも買える。レストランに行っても、あんまり値段を気にせずお酒も頼んだり、デザートも食べちゃったり。自分の健康のためという名目のもと、毎月のジムのメンバーシップやヨガスタジオの会費を払える。え、なんか自分すごく豊かになった!と思ったのでした。

スタバのラテを買うようになったのはその頃。30代にしてやっと手に入ったオトナの経済的余裕。20代があまりに貧しかったので、そういうことができるようになったのが嬉しかった。自分にとって、スタバのラテは「経済的余裕」のある「おしゃれ」なライフスタイルの象徴だった。あ、それからスタバで作業する人々にも憧れていました。仕事があるということだから。20代の頃はフルタイムの正規雇用が超希少な分野を目指していたので、スタバとかでコーヒーを飲みつつ、自分のペースで仕事をして稼いでいるという姿に憧れがありました。

今思い返すと、それは完全なる無駄遣い。ファイナンス系の本とかにlatte effectとか言って説明されるほど。愚かだ……。今は、自宅のエスプレッソマシーンでラテを作って、それをサーモスに仕込んで、図書館で仕事です。これも大人になった証拠。30代の頃より収入はあるけど、子どもの成長と共に支出も順調にふくらんでいっているのでね(汗)。時々はどこかコーヒーショップに行って、そこで読書したり仕事したりするのは楽しいものですが、家という空間を心地よく自分好みに整え、お気に入りのカップでコーヒーを飲み、お気に入りのソファで本を読む、というのを好むようになった現在の自分。十年、二十年後には何が自分の幸福の象徴になっているのか……見当もつきません!

アメリカで車なしで暮らせるのか?

アメリカでの車の運転は、公共交通網が発達している都市部にいれば、必要不可欠ではないかもしれません。しかし、日本と違って海外でそれが叶うのはほんとーにごく一部の大都市。アメリカならニューヨーク、ボストン、ワシントンDCとかの東海岸の大都市、同じく西海岸の大都市、あとはシカゴあたりでしょうか? しかし、これらの都市は住居費がかさむ。たとえばカリフォルニアとか、さして広くもない古びた一軒家すら軽く1億超えと聞きます。なぜこれが車の運転に関わるかというと、この住居費を抑えるため、中心部から離れた郊外に家を持ち、車で片道1時間以上かけて通勤するとかいう話になるからです。なので、高い家賃または住宅ローンを払いながら都市部に暮らすのでなければ、車は必須になります。

そして、公共交通機関の充実した都市部に住むことにした場合、日本とは前提が大きく違うことを踏まえておく必要がありそうです。遅延は当たり前、工事で1ヶ月間特定区間が完全閉鎖とかもあったりで、そこに通勤など頼っているとストレスが大きい。まあ、日本の満員電車のストレスだけはないのが救い? あと、治安が悪いところもある。ニューヨークの地下鉄は、そもそも一定層しか利用しないので、多少お金があってタクシー使える人は敬遠するというし、ワシントンDCの地下鉄も駅のあるエリアによってやや不安になる雰囲気。電車内で寝るというのは日本ならごく普通ですが、アメリカでは安全上絶対にしない方がいい。バスも同じく。たぶん、世界中ある程度共通しているゲージを日本だけが越えているんだと思いますが、日本で生まれ育った身としては、日本の交通機関の確実性と安全さがスタンダードなので最初はびっくりしたものです。

ともかく、ある程度の田舎なら車は必要だし、一家に二台以上あると便利なのは確か(保険・メンテ・ガス代・ガレージなどコストはもちろんかさみますが)。都市部でも車はあった方が行動範囲はぐんと広がります。実は、車なしで都市部に住んでいた時期があったのですが、車を持ってから「こんなに楽なのか!」と世界が広がった感覚がしたのを今も覚えています。車でしかアクセスできないところはたくさんあるし、とりわけ子どもと一緒に移動する場合は、車が一番速い・楽・安全。女性も、夜とか車があった方がいいと思います。郊外に住んでいて車がない・運転できないと、食料品の買い出しにも行けず、子どもを公園に連れていくこともできず、所用を済ませることもできず、もちろん通勤もできない、てなことに。詰みます。

そして、アメリカの片田舎で求められる車の運転スキルは概して低め。道は広ーいし、歩行者も自転車もいないし、そもそも車もほとんど走ってない。車を停めるにも駐車場のスペースが広いので多少曲がってようがノープロブレム。スペースいっぱいあるから隣に車がいないところに入れればぶつける心配とかもない。都市部では必須スキルらしい並列駐車、私は超苦手なのですが、それをしなければならない機会は(私の生活では)ゼロに等しい。なので、ハードルは低いと思います。州によって決まりが違うのですが、日本で免許を持っていれば、教習所に通ったりしなくてもテスト受けるだけでアメリカの免許がもらえるパターンが多いです。

というわけで、アメリカでも都市部で公共交通機関が発達していれば車なしでも暮らせる。多少不便でも、家族持ちとかでなければそこまでの痛手ではないかも。しかし、①田舎に住んでいる(公共交通機関なし)、②子どもがいる、の二つの条件が揃ったら、車がないと無理だと思います。

新学年開始:九月は忙しい……!

新学年が始まるのがだいたい8月末〜9月初旬(エリアにもよる)。そうすると、子どもの学校関連でやることがたくさんあり、注意しておかないと脳みそオーバーヒート、心のゆとりも体力の余裕もなくなり大変なことに。仕事をしていれば、親業の他に通常業務をこなすわけで、ここで仕事の忙しいタイミングでもかぶろうものなら……。

何がそんなに大変なのか、この数週間でやったことを書き出してみると、

  • 子どもの新学期の学用品準備。まあ、日本みたいにクレヨン一本一本に記名、とか、体操着に名札を縫い付けるとか、四辺の長さ指定の手作りバッグを持ってこいとか、そういうのはないですけど。でも、20種類近くの学用品(クレヨンは10色じゃなくて12色セット、とか、線が引いてあるノートも学年によって絵日記形式のとか補助線があるやつとか、色々指定がある)をネットで買い揃え、Open Houseの日までに届くよう人数分手配する。
  • 学年によって指定された日時にOpen Houseに連れて行き、教室と自分の席を確認し、担任の先生に挨拶。
  • 親のみが夜参加するBack to School Nightなるイベントに行き、その年の学習内容やら、クラスのルールやら、持ち物の連絡事項やら担任から聞いてくる。これが45分だとして、そこにPTAやら学校の事務関連の説明会+30分。オーケストラとかGifted programとかに興味があればそれらの説明会+30分。かぶっているものもあるけれど、基本、子どもの人数分学校に行く。
  • 新しいルーティンの確立。スクールバスの時間は何時で、それには何時に家を出るのか、ということから、習い事やスポーツをしていれば、その場所はどこで、家からどのくらい時間がかかり、誰が誰を連れて行くのか、時間がかぶっていたりした場合はどう折り合いをつけるのか、夫婦で相談。子どもたちには、いつが何の日で、というのを覚えさせ、どのタイミングで宿題などしなければならないのか説明。もちろん、必要なものを買い揃えたり、月謝の支払いなどもセットアップ。
  • これに加え、お友達の誕生日パーティなどに呼ばれ、それに返事をし、参加するならプレゼントを用意。
  • そして、長ーい夏休みの後、毎朝のお弁当作り復活。これがあると、朝一定の時間に絶対に起きてお弁当を作らねばならないというプレッシャーが発生、うちの場合は前夜の献立を考えるときから翌日お弁当のことを考える必要あり。
  • ということは、夕飯作りもある程度ちゃんとしないとお弁当が回らない。

ひとつひとつのタスクは大したことがなくても、とにかく数が多く、気を回さねばならないことが多すぎて、疲労感が積もって行きます。それと共にどこかで何かが抜けたり、忘れ物をしたり、遅刻をしたり、という結果に。

ここにプラスして日本語学校関連の事務手続き、大量の宿題の管理、そして土曜日もお弁当作り、というのが日本語学校に通わせている発生します。正直、現地校の宿題はごく少量、しかも楽なものが多いので、日本学校の宿題を平日にやらせるという感情労働が私には一番のストレス。そして、日本語の宿題は夫には手伝ってもらえないうえ、つきっきりで一緒にすわってやらなければできないものばかり(作文とか観察日記とか)。算数ドリルを二ページ、とかなら、「ここまでやってー」と言って一人でやらせることもできるだろうけれど。工作とか手芸とか、もはや親の宿題。しかし、やらなければ子どもが学校で肩身の狭い思いをしそうなので、やらないわけにもいかない。

思えば、去年はこれが限界に達し、爆発して夫にぶちまけたのでした。主な原因は、下の子どもの日本語学校が始まり、やることが全てx2、一人一人つきっきりで勉強を見るので時間が全く足りなくなった。そして子どもの勉強を見るのは夕方、夕飯を作るのも同じ時間、どちらもするのは私、だったので、宿題が捗らなければ夕飯はどんどん遅くなり、手遊びしたり集中してやらない子どもにイライラ。夫は夕飯ができるのをソファでくつろぎながら待っている(ように見えた)……で、どかーんと来たわけです。よほどの爆発だったのか、それからは私が子どもの勉強を見ている間、夫が夕飯を作ってくれることになって、とりあえず夫への苛立ちは激減しました。

今も夫は割とまめに台所に立ってくれるのですが(感謝)、やっぱり9月はバタバタしていて、あれこれいろんなことに注意を向けないと、スケジュールの抜けが発生してしまいそう。新しいスケジュールを完璧に覚え、ルーティン化したら多少マシになるはず、と言い聞かせながら過ごすうちに、今年も九月が過ぎて行きそうです。

 

夏のヨーロッパでの装い(持ってきてよかったもの)

なるべくミニマルに、と思ってパッキングしてきているので、持参した服は最小限。これは持ってきてよかった、と思うアイテムは、(1) 重ね着のできる長袖、スカーフ (2) キャップとサングラス(3) ショートパンツ (4)ビーチタオル (5) 何にでも合うスニーカー

今回は主にフランスとスイスに滞在していたのですが、ヨーロッパの夏は東京の夏に比べて湿度が低く、気温が高くてもずっと過ごしやすい! これは、日本の酷暑の後ではものすごーくよかったことですが、同時に、朝晩はしっかり気温が下がるということ。日中30度近くても朝は20度行かないくらいなので、まずは長袖必須。軽く羽織れるカーディガンとか、スポーティな格好ならトレーナーとかパーカーとか、半袖またはノースリに重ねておいて、日中気温が上がり次第脱ぐ、というのがよし。ある程度標高の高いところに行く予定があるならやはり長袖あった方がいい。たとえ気温が高くても、薄手のカーデなら日除けになるし。ちなみに、日本のようにアームカバーとかしてる人はもちろん皆無なので、それすると一気に浮く(私がなぜ極力浮きたくないのか)。まあ、車内とかプライベートな空間で使うのにはあってもいいかもですが。あと、薄いスカーフとかストールとか。これも肌寒ければ超お役立ちだし、日除けにも。暑い車内の中で子どものカーテンがわりにして日除けにしたり重宝しました。

そして、サングラスと帽子。なくてもいいけれどあった方がいい。スイスでアルプス山脈を眺めながらピクニック、とか、サングラスがあったから景色を存分楽しめた感じ。帽子はキャップかあまり大きくないパナマ帽ぽいの。日本でよく見る、100%紫外線から守ります、みたいな大きいのはちょっと…かな。いや、リゾートホテルのプールサイドとか、ビーチでなら大きい帽子も似合うかもですが。できれば子どもも、帽子だけでなくサングラスもあった方がいい。現地の子たちは3歳児くらいでもみーんなサングラスかけてました。私は超近視なので、メガネかコンタクトがないと何も見えない。で、1、2時間かけて車で遠出すると帰りは寝てしまうことも。そういう時、JINSで入手したサングラスの色付きレンズが取り付け可能なメガネがお役立ちでした(帰りの車中、寝られる。運転してくれてありがとう、夫❤︎)

あとは、日本人で妙齢の女性としては気がひけるかもですが…ショートパンツ。それも、かなり短くて太ももばーんて出るやつ。女性はティーンエイジャーからおばあちゃんまで、それこそかなーーーりふくよかな体型の方でも履いているので、みっともないとか考える必要なし。暑いんだから、丈は短い。動きやすく、スカートでなくパンツ。シンプルです。長いパンツを履くなら、テロッとした素材のワイドパンツ。これだと涼しい。柄物とか綺麗な色とか履いている女性がたくさん目についた(自分の好み)。もちろん、山にハイキングに行くならカーゴパンツとかジーンズになりますが。それも山はある程度気温が低いから。

あとは、着る物ではないですが、持ってきてよかったのがいわゆるビーチタオル。アメリカでもその傾向がある気がするんですが、ヨーロッパの人ってビーチタオルをプールサイドやビーチで広げてそこに座ったり寝そべったりする感じ。アメリカでよく見る「ピクニックブランケット」でもいいと思いますが、日本人が思い浮かべそうなビニールシートではない(実用的だけどね)。敷物にすることが多いですが、まあ大きいタオルなので、寒かったらそれを膝にかけたり、寝ている子どもにかけたりとかもできる。湖のほとりでも、プールサイドでも、芝生の上のピクニックでも使ったので、あってよかったです。

そして足元はスニーカーか歩きやすいサンダル。たくさん歩くならやっぱりスニーカーがいいかな。今回はスタンスミス。これだと足元が湿っていても大丈夫だし、たぶん多少は雨もOK、ジーンズにもショーパンにもカジュアルめのロンスカにも合わせられて重宝。あとは、やっぱり室内土足が普通なので、すぐひっかけられるビーサン。これに外出用を一足加えるなら、Tevaとかナイキのスポーツサンダルとかいいかなーと(自分の好み)。これで3足。でも、フランスでもスイスでも、街中では結構ヒールのあるサンダルを履いている女性が多かった。それこそ若い子から中年女性、なんならおばあちゃんまで。すごく細く高いヒールではもちろんないけれど、5センチ程度の太めのヒールか、ウェッジソール。あとは華やかな感じのトングサンダルかな。こういうのも、きれいな色のワンピとかロンパースとかと合わせるといいなーと思ったのでした。

こうして書き出してみると、この10年ほどで持ってくるものがずいぶん変わった。子どもがいるバケーションとなるとアクティビティの内容が、ショッピング&レストラン&街歩き…ではなく→ハイキング&ピクニック&水遊びとかになるので、どんどんカジュアルにスポーティになっていく私。昔はキレイ目な服やヒールが好きだったけど、そんなんじゃ子どもと一緒に走れないし。そして、コーデのバリエーションとかよりも、動きやすく洗濯しやすく何にでも合わせやすい服に。下着の量が減り、スポーツブラとかブラトップの割合が上がった(笑)。あと靴下の枚数。昔は、夏はもっぱらフラット&ヒールサンダルだったから、靴下を履くことがなかったなあ。スニーカーには必須。ママだから、中年だから、というよりは生活スタイルに合わせて着る物が変わっていってるんだなあとしみじみ。

人種的マイノリティであるということ

思い返せば、若い頃は「変わってるね」というコメントがちょっとうれしかったものです。たぶんそれは、自分がごく平凡な人間だとわかっていたから。ちょっと変わった「特別な存在」になりたかった。しかし今は、なるべく「異なるもの」になりたくない。それは、自分という存在そのものが既に「異なった」ものであることが多いから。これまで行ったことのある国々では、ほぼほぼどこに行っても人種的マイノリティでした。単に、自分の経験が限られていて、住んでいるアメリカの他にはヨーロッパの数国にしか行ったことがないというのが大きいですが、白人がマジョリティのエリアの経験しかないので、自分が異質な存在なんだと感じさせられます。

たとえば、ヨーロッパの片田舎とかに滞在していると、町で唯一のアジア人とかになりかねない。そうすると、凝視するではなくとも通りすぎる人たちが他の人には向けない一瞥をこちらに向けている気がする。物珍しいからね。せめて着る物とか外見ぐらいは周りと同じで、余計な目を引かないように、変な憶測を招かないようにと思ってしまいます。マジョリティでないものは差別されないため、または単に奇異の目でみられない、ある意味特別扱いを受けないためにマジョリティと同化しようとするもの。

アメリカでも、南部の町を訪れた時は、白人の夫と歩く私を明らかに奇異の目で見る人がいた。アジア人が珍しくないアメリカの大きい都市にいる時でも、路上にいる人に大きな声で声をかけられるのはあまり好きではない。だって、他の人にはそれしてないんだもの。たいてい、「ニーハオ!」と言われ、首を振ると「コニチハ!」が飛んでくることも。単にフレンドリーにしようとしてるだけ、という見方もあるかもしれませんが、「ちょっかいを出してもいい相手」と見下されているような感じがするときは、やっぱり嫌。私が考えすぎな時ももちろんあるだろうし、相手の意図を誤解してることもあるだろうけれど。たぶん、外出するときは多少身構えているところがあるんだろうと思います。無意識に、その場の集団にアジア人がいるか確認している自分がいたりするのです(汗)。

そういえば、つい最近、相手が私を日本人とみなし日本語で話しかけてきて、それが好ましいと感じたこともありました。一つは、空港のセキュリティのお兄さん。パスポートを見せてるので、それは差別とか見た目の判断とかではなく、国籍の確認。それを見た上で、たまたま日本語のできたそのスタッフは、軽く日本語で挨拶してくれた。空港のセキュリティってちょっと緊張しているので、少し気が楽に。もう一つは、スイスのチョコレート工場見学をしていたとき、その場にいたスタッフがかなり流暢な日本語でちょっとした案内をしてくれた時。たぶん、ひと昔前は大勢の日本人観光客が訪れていたからだと思いますが、何かを売り込むでもなくただ通常の案内を日本語に切り替えてしてくれた。とても丁寧な日本語だったので、ただ思いつきで「アリガト! コニチワ! サヨナラ!!」とか言われるのと違い、「会話」をした感じ。これはなんかすごく嬉しい。

逆に、あまり好きでなかったのは、ヨーロッパで子どもむけのアクティビティができる施設に行って、やたらと「Speak English?」と聞かれたり、現地語で「こんにちは」と私にだけ向けて言われたりしたこと。挨拶されるのは一見フレンドリーなのですが、その後、私に向かってボールを投げてきたり、トランポリンなら私のそばでわざと跳ねたり。相手は小中学生くらいの年齢の子ども。見た目的にローカルに溶けこんでいる夫はスルーしてなんで私だけに話しかけるんだろう? なんかニコニコしてるというより、ニヤニヤしてるの? 「英語できる?」と聞かれる時も、相手はさして英語ができるわけではないので、知ってるフレーズを一方的に投げつけられるだけで会話になるわけでもないし。

こう考えると、相手がある程度の敬意を持って接してくれていれば、こちらも「なんか、からかわれてるのかな?」とか心配せずに話ができるのだと思う。その「敬意」というのは距離感のことでもあって、突然声をかけるのではなく、何か小さなきっかけがあって、なんならこちらから話しかける用事があったりして、「たまたま」日本人だということが判明して、その話が膨らむ、というようなシチュエーションだと私も安心して会話ができる。そもそも日本に興味を持ってくれていたりすることは嬉しいわけだし。しかし、私を「異なるもの」と認識して、近づいてきて、ちょっとちょっかいを出す、みたいな雰囲気だとあまり好ましい印象は持てない。他の人には一切しないことを、その場で見た目的に一人「異質な」私に対してされるのは……ね。

これらは、アジア人の容貌から引き起こされることで、ここにさらに言葉の壁が入ってくる。みんな同じような見た目の日本にいて、その地の言葉が問題なく話せる環境にいた時、つまりマジョリティだった時には、マイノリティであるということがどういうことなのか、まったく想像もつかなかった。自分がマジョリティでいられる国を出て、いわゆる「有色人種」なんだというアイデンティティが確立してきた今日このごろ、見える世界が若干変わった気がします。